人間は多重人格?

こんにちは

さて今日のブログは多重人格について・・

(English is below)

突然ですが私がその多重人格者じゃないかと思う。笑

別に病気、とかそんな意味ではなくてですよ。

さらに医療的知識を前提に書いているわけじゃないので、自分で勝手に思ったことを書くだけなので、それを最初にお断りして先を読んでもらえたら。笑

この多重人格という考えに至ったのも実はつい最近。

そもそも英語でニュースを読んだり、翻訳記事をアップしたりする時に「あれ?なんかちょっと頭のモードが変わってる?」と思ったんです。

これ外国語をしゃべる人は多少経験あるのではないでしょうか。大きい要因となっているのは敬語の存在でしょう。

ここではその話を詳しくはしませんが、社会的な機能としてその多重人格が役に立つ気がしてるんです。

昔と違って今は私たちは全く違う社会空間を生きてる。

昔は家、学校、あるいは職場などを行き来する程度だったわけで、家ではリラックスな自分モード、学校では友達モード、職場では仕事モードに切り替わる。

これだけで3つも人間は頭のモードを切り替えてることになる。

ところが、現代ではSNSをはじめとするインターネットの世界が現れた。

これは物理世界ではないから、そんなこと関係ないだろ!とは全くならないわけだ。

 

事実、インターネット上では繋がりたい、繋がりたくないを超えて知っている人だったら挨拶するのが礼儀だ、という気持ちになる人もいるだろうし、(そんな風に若い人たちに思われてたらごめんなさいねww)

いつの間にか自分のネットワークがインターネット上に形成された時に、そこは自分の家のような感覚だけではなく、家+友達+職場+a みたいな異次元が構築されているっていうことだ。これ、間違いなく決して居心地の良さだけではないよね。

皆そのはずだよ。こんな空間に毎日のようにアクセスしてみれば、どうだろう。

よほどマイペースな人でなければ、あるいは意図的に熱心に発信するという人でもなければ、自分の言葉を語ること1つとっても、かなりのハードルになるわけだ。

この記事をここまで読んでくれた人は、きっと少し納得してくれたのではないかと思う。

私から見て上手に発信をしている人というのは、この家、友達、職場+a(私の場合はアーティストとしての環境)のモードを上手に切り替えるということ。

これは別に統一性がないということではなく、むしろ信用を生むと思う。

 

それにもっと言うと、1つのことをやりすぎてると飽きてしまうんだ。

これは人間ってそんなものだもの。脳ってそういう風にできているんだから仕方ない。

「うまく行かなかったのはあのせいだ、これを同じ方法でうまく行くまでやり続けるぜ」という発想。

私も、これでいろんな事が何年も遅れました。

なんか頭って本当変わってるよな。笑 変わりたいと口で言うのに、本当は変わりたくないってこと。これ、今だに課題です。

柔軟に考えたら、いろんなやり方を試してうまく行く方法を探せばいい。

そのために人からどう思われるか?

私よく見る「ブレずにやり続ける」的言葉をちっともいいと思わないんです。むしろ危険に感じる。ブレずにやること自体に重きを置いてない?

誤解なきように言うとそういうスタンスが自分には合わないってだけね。

私も自分自身の音楽はずっと続けてるし。でもそれはブレずにやりたいんじゃなくて、ただやりたいからやってるだけ。でもいろんな方法を試すし、他から見たら私みたいなのはブレた人なのかもしれない。

でも、比較せず言うと自分という特性にあった思考法というのが私の場合、長年なかなか見当たらなくて、結果、変化し続ける、いろんなモードを持つ、多重人格になるって言う意味なのね。

環境にうまく適応するっていう話。

意外とこれは皆さんの役にも立つかも。

 

今日も見てくれてありがとう。

 

P.S. お知らせ

10月の薫風アカデミーのキャンペーンが終了しました。興味を持ってくれたみなさんありがとう。年内は単発レッスンはありませんが、このエデュケーションプログラムをこれからさらに発展させて行くアイデアがたくさんあって、レッスンに少しずつ導入しているんですが生徒さんのレベルアップが止まらないので、私もこのプログラムが発展できればとワクワクしてます。

それまでレッスンを受けてみたい方がいたらこちらへ。

 

Here I talked about multiple personality.. or maybe I should call multiple channels in one person. Because I suppose I’m one of this. (Sorry Im not taking based on medical knowledges so just an opinion. )

We have several comfort zones like being at home, or with friends,at workplace etc.. Japanese speaks Keigo which honorifics, and it’s often used in sensitive way. It’s not friendly expressions.

Those multiple channels sometimes conflicts on my brain. And I think many japanese think the similar stress from this linguistic phenomena. Oneday I noticed about it when I write words in English. There’s slightly different character on me. However it could be very useful to acclimate to the environment when you are in various social stages. It’s not weaknesses, It’s strengths.

Thanks for reading🙏

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