伝えることの価値は変わらない

こんにちは

最近私のアメリカの師匠がついにオンラインレッスンを始めたのね。

まさかこの人が!?ってな感じだったから、始めは嘘かなと思ったんだけどまじだった。

どんな内容かすごく気になって1つバンドルを買ってみたんだけど、オンラインの世界観まで師匠らしくて、勉強にもなったし弟子としてもすごく誇らしいよね。

最近、っていうどころではなくてレッスンのオンライン化って随分始まっていて。

私が教え始めたのは2008年頃。バークリーから日本に帰ってすぐだった。

その頃にはまだオンラインレッスンという言葉はなかったと思う。

でも、海外でいち早くそういったやり方を始めた人たちがいて、英語を使うのはアメリカだけではないし、ナレッジベースもどんどん出来上がってものすごい情報のソースが今すでに出来上がっている。

日本人は英語が苦手な人が多いのが幸か不幸か、音楽のオンライン学習は外資にめちゃくちゃ持ってかれてるという印象はあまりない気がするけど。

情報が飽和すると何が大事になるかっていうと、多分、物事が本質に戻っていくんじゃないかと思うんだよね。

かわいそうなのは、音楽を始めようとする初学者の人たちじゃないかな。

情報が多すぎるのはアドバンテージにもなるけど、その全く逆にもなり得るわけで。

ここでは誰が正しいとか、正しくないとか帰納的な話はするつもりはないけど、あの人の言ってることが良い、この人が言ってることも一理ある、あの情報はだめだ、とか。

結局どこから学ぶにしても、ソースがぐちゃぐちゃになってしまうとその人自身は悪気はないのに、まっすぐ成長することが困難になる。

僕が教える時にも結構困ることの1つなんだけど。

それぐらいなら、1つ自分がこれだとインスピレーションを受けたものを決めてしばらく続けることが大事だと思う。

つまり何が正しいのか、正しくないのか、ということは結論できないということなんだ。

僕は僕がしていることが正しいと信じている。

でもそれは別の人もその人がしていることが正しいと信じているわけで。

これの究極的な例えは、例えば宗教の違いみたいなもの。

お互いが違うからといって殺しあうような原理主義はどう考えても間違っているけど、そんなわずかな例を除いては他者のことを認め合うことで世界が成り立っているわけだ。

つまり、何が正しいのかということを叫びまくることより自分の考えはこうだ、としっかり主張してゆくことが大事じゃないかと思うのね。

そうするとインターネットを利用した学習方法というのは、結構勘違いを起こしやすいものにもなり得ると思う。

でも本来現実の世界っていうのは自分の考えはこうだ、と言っていい世界なんだよ。

でもなぜかそれができない風潮がある。

それは勘違い。

インターネットは仮想の情報的な空間だけど、人の心が反映された、ある意味現実の世界とも言えるかもしれない。

だからどこにいたって、好きなものは好きっていうことが大切だし、わざわざ嫌いっていう必要があるかどうかは分からないけど、

伝えることはどんな場所でも、いつの時代も変わらないんじゃないかな。

そんなことで私も自分の世界を伝えたくなったんです。

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是非お話しましょう。きっとあなたの未来に役立てると確信しています。

 

今日も見てくれてありがとう。

また見に来てね。

 

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